2025年の『M-1グランプリ』で、結成9年目の漫才コンビ・たくろうさんが見事優勝を果たしました。
審査員9人中8票を獲得するなど大会を席巻したものの、一部の視聴者やお笑いファンの間では「刺さらなかった」「評価が分かれる」といった声も散見されています。
しかし、単純に「面白くないから」というわけではなく、彼らの笑いには従来の漫才とは異なる構造と裏側事情があるのです。
本記事では、たくろうさんのM-1ネタが一部の人に刺さらないとされる真の理由と、評価が伸び悩んだ背景を整理して解説します。
たくろうのM-1ネタはなぜ刺さらない?
まず事実として、たくろうさんは2025年12月21日の『M-1グランプリ』で優勝しました。
全体で1万1,521組のエントリーの中から抜け出し、決勝ファーストラウンドで861点を獲得、最終決戦では審査員9人中8人の支持を集めています。
この事実だけを見ると、今年のM-1は満場一致に近い評価だったようにも思えます。
しかしネットやSNSでは「理解できない」「途中で笑いの波が来なかった」というような意見もあり、視聴者評価が二極化しているのが現実です。
つまり、大会の公式評価と一部視聴者の評価が必ずしも一致していないという現象が起きています。
本当の理由は、たくろうさんのネタが従来の「分かりやすい笑い」ではなく、観客の感覚を揺さぶるようなズレの笑いを持っているためです。
審査員や熱心な芸人ファンはこの「ズレの美学」に高い評価を与えましたが、一般の視聴者の一部には「意味が分からない」「笑いが遅れて来る」と感じられたのです。
これは単純な“つまらない面白い”だけではなく、笑いの構造を読み解く力や経験が左右する笑いの形といえます。
2025年12月21日。『M‐1グランプリ2025』決勝の舞台で、たくろうの漫才が始まった瞬間、会場には奇妙な空気が流れた。笑いが起きる「前」の時間が、いつもより明らかに長かったのだ。
観客も審査員も、次に何が起こるのか判断できず、反応を保留したまま赤木の様子を見守る。その数秒後、遅れて押し寄せた笑いが一気に広がった。たくろうの漫才は、冒頭から観る側の感覚を意図的に狂わせていた。
引用元:週刊実話WEB
評価が伸び悩む本当の理由を解説!
ここからは、評価が分かれる理由や背景を深掘りしていきましょう。
たくろうのネタ構造が従来型とは異なる
多くの漫才は、ボケ→ツッコミ→オチという王道の構造でわかりやすく笑いを取ります。
しかし、たくろうさんのネタは意図的に会話の成立や常識を崩す「ズレ」を使っています。
観客自身の常識が一度リセットされ、理解が追いついた瞬間に笑いが発生するという構造です。
このような構造は、瞬発力のある笑いとは異なり、遅れて効くタイプの笑いです。
審査員はこの構造を評価し、テンポや構成の妙といった点で高得点を付けましたが、一般視聴者の一部には「何が面白いのか分からない」と感じられた面もあります。
審査員評価と視聴者評価のズレ
決勝戦でたくろうさんは、審査員9人中8票という圧倒的支持を受けました。
審査員からは「今年一番の爆発力」「会場の空気を一変させた」といった高評価が寄せられています。
これに対してSNSでは、たとえば「笑いの波が来ず途中で置いていかれた」という声も出ています。
これは、審査員が漫才全体の構成・緻密さを評価するのに対し、一般視聴者は瞬間的に笑えるかどうかで評価しがちであるという違いを示しています。
たくろう自身の経歴と表現の進化
たくろうさんは2016年結成、2025年に初めてM-1決勝に進出し、優勝という快挙を成し遂げました。
このように、 下積みを経て培った漫才術は、単なるショーマンシップだけではなく、舞台慣れしてない人には伝わりにくい構造的な笑いを生み出しています。
これは裏を返せば、従来の笑いとは一線を画し、新しい時代の漫才表現といえる部分です。
評価が分かれる根深い理由
◆ ① 「ズレ」への抵抗感
たくろうのネタは、従来「笑い」と認識されてきたリズムとは異なるため、瞬発的な爆笑を求める層には刺さりにくいという傾向があります。
テレビのような短い視聴時間で笑いのタイミングが掴みにくいという点もあります。
◆ ② 観客の解釈力が求められる
彼らの笑いは、観客自身が文脈を読み解く作業を要求されるタイプです。
事前知識や観客が持つ常識を利用したズレは、理解が一致する人同士では大爆笑になりますが、解釈が分かれると評価が割れる原因にもなります。
まとめ
たくろうさんのM-1ネタが「刺さらない」と感じられるのは、単純な“面白さの欠如”ではなく、笑いの形式そのものが従来型とは異なるからです。
その形は審査員やお笑いファンからは高く評価されましたが、一般視聴者には伝わりにくいという面を持っています。
今後、このような笑いの形がどれだけ一般化するかはわかりませんが、新しい世代の漫才として注目される価値は十分にあると言えるでしょう。
お付き合いいただきありがとうございました

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